こんにちは。植物療法士、フェムケアセラピストの宮窪るなです。
皆さんには、ぎゅっと抱きしめる、もしくは自分を抱きしめてくれる相手はいますか?
米国の心理学者アニック・デブロットは、結婚していないカップルを対象に、“触れること”に関する調査をおこないました。そこで明らかになったのは、お互いに触れあっている関係性が充実しているカップルほど幸福度が高いという結果でした。
一見、なにげない仕草や習慣であるように思える“触れること”ですが、実は、私たちにもたらす力は絶大。
肌と肌とのコミュニケーションを、和製英語でスキンシップと呼びますが、これは恋人やパートナーに限っておこなうものではありませんよね。相手は、愛する子どもや一緒に暮らしている動物、家族や友人である場合も少なくないでしょう。
ここで、コラムのテーマ〈性〉の話に入るまえに、皆さんに、“触れる/タッチ”のパワーを感じていただきたいと思います。
恋人や子ども、動物…、彼らをぎゅっと抱きしめ、そして抱きしめられる瞬間を思い浮かべてみてください。なんとなく、心が温まる感じがしましたか?
それではさらに、想いをはせてみてください。
あなたは、いつ最後に、自分の親を抱きしめましたか・・・?
気持ちが高揚したり、心が穏やかになったり、情動が揺さぶられたのならば、これこそがタッチのパワー。
それはときに言葉を超え、私たち人間が、心の奥底から欲する感覚。
今回のテーマは“触れる”です。どうぞ最後までお付き合いくださいね!
触覚
私たち人間は皮膚をとおして、触れる・触れられる感覚を得ています。
皮膚は、からだを覆っているただの皮だと思われがちですが、大切な臓器であり人体で最大の器官です。「お肌は内臓の写し鏡」とはよく言ったもので、臓器のひとつである肌が荒れているのならば、そのほかの臓器もまた、不調を抱えていると考えられます。
五感のなかでも一番はじめに発達するのは触覚です。皮膚には、さまざまな感覚受容器が存在していて、そこで受けた情報は神経系をとおして脳へ伝わります。
〈気持ちいい〉や〈温かい〉などのポジティブなものだけではなく、〈痛い〉〈ちくちくする〉などのネガティブな感覚も伝えられるので、私たちはまさに“肌感”で安全や危険を察知していると考えても良いでしょう。
また、肌と肌の触れあいは、人間的な成長をうながすものとされており、多角面からみても、触覚は生きていくうえで不可欠な感覚なのです。
触れるとどうなる?
次は、触れる・触れられることによって私たちに一体なにが起こっているのかに焦点をあてていきましょう。
日本には「痛いの痛いの飛んでいけ〜」といったおまじないのようなものから、〈手当て〉という言葉もありますよね。
これらは決してまやかしではなく、科学的根拠のある言葉。まさに手を当てる・触れられることで痛みが軽減するだけでなく、病気や怪我の回復の早さに差があることも明らかになってきています。
そのカギを握るのは、愛情ホルモンとも呼ばれるオキシトシン。
コラムvol.3『“快感”の悦びと味わい』では、オキシトシンの放出によって感情のコントロールや心のバランスを整えるのに役立つセロトニンの分泌が促進されることや、眠りのホルモンであるメラトニンとの関係性について説明しました。
オキシトシンは、分娩の際に子宮を収縮させ、母乳の分泌を促すホルモンです。それだけでなく、ストレス解消や不安の軽減にも欠かせないとされており、私たちが健やかに生きていくために肝となるようなもの。
さらに付け加えると、オキシトシンは誰かに触れられたり、もしくは誰かに触れたりすることで分泌されるホルモンでもあるのです。
つまり、触れる・触れられることで、オキシトシン(愛情ホルモン)が放出され、それがセロトニン(幸せホルモン)→メラトニン(眠りのホルモン)となり、連携プレーのように私たちの体を健やかに保ってくれています。
裏を返せば、触れあうときに感じる「気持ちいいな」「温かくて幸せだな」といった機会が減っていけばいくだけ、イライラしたり、眠れなかったり、はたまた誰かに意地悪をしてしまったりと、どこかギスギスした心が見え隠れしはじめてしまうのです。このような心のモヤモヤや不調は、誰しもが経験するありふれたもの。
ここで私が伝えたいのは、「では、今日からどんどん触れあいましょう!」といったシンプルな提案ではありません。
実はこの、触れたい・触れられたい感覚は、動物である私たち人間からは、本能的に決してなくなることはないと言われています。
動物は仲間どうしで寄り添い、群れ、温めあいながら生きるもの。
人間にとっての“触れあいたい”の欲求には、愛情や安心感、性的なものまでさまざまありますが、これらは、ごく当たりまえな感覚だということを、ぜひ感じとってみてください。
「人肌恋しい」と、つい触れあいを求めてしまうのも、動物として自然な気持ちなのです。
セックスこそ最大のタッチ
次は、セクシュアルなタッチに目を向けてみましょう。
先ほど、皮膚に存在する感覚受容器について述べましたが、その密集度はからだの場所によって違います。
なかでもくちびると外性器には豊富な皮脂腺があり、そこから分泌される湿った皮脂がフェロモンのように働くのだそう。
私たち人間は知ってかしらずか、感覚受容器が密集している部分をもちいて、性的なコミュニケーションを楽しんでいるのです。実に興味深く、極めて本能的な行動に感じませんか?
また、『Touch』の著者、ティファニー・フィールドは、セックスほど全皮膚を総動員する関係は他に見あたらない、と述べています。ただでさえ、タッチのパワーは絶大なのに、裸になって肌と肌を重ねるセックスがもたらす影響は、計りしれません。
ですが実際、セックスの最中に、触れる・触れられることに意識を向けている人はどのくらいいるでしょうか?
悲しくも、性の教科書と化してしまっているアダルトビデオの影響で、多くの人が“テキストどおりのセックス”にとらわれすぎてしまっています。これにより、ただ、触れることによっても十分満たされるであろうセクシュアルな感覚を、閉ざしてしまっているようにさえ感じるのです。
セックスは、挿入や射精、オーガズムがなければ成り立たないといった考えもありますが、これらは誰かが勝手に決めた“ゴール”でしかありません。
ただ抱き合い、すべての皮膚を使ってパートナーの温もりやフェロモンを全身全霊で感じとるだけでも、十分にセックスと呼べるのではないでしょうか。
実際に、ポリネシア地方に伝わるポリネシアンセックスや、インドの愛の経典『カーマスートラ』にも挿入や射精なしで、ただ抱き合うといった愛のコミュニケーションが推奨されています。
ここで留意しておきたいのは、〈触れること〉=〈心地よいもの〉、と思ってしまうのは少々危険だという点です。
例えば、叩く、押す、引っ張るなどもタッチの一種。触れられ方によっては、大事にされているよりもむしろ、モノを触るように扱われていると感じてしまいます。これらは、悪いタッチです。
アダルトビデオで描かれているような触り方も、ぬくもりある生身の人間にたいしておこなうべきタッチとは程遠いもの。
一方の良いタッチには、まるで相手の心に触れるような優しさと温もりがあります。
例えば、言葉のコミュニケーションは無くとも、そっとハグをされたり、優しく頭をなでられたりするだけで、相手の想いが伝わってくる場合などもそうです。相手から心地よく触れられることで、「自分は大切存在なんだ」と思えるきっかけにもなります。
このように、触れ方やその方法ひとつで、触れられる側のとらえ方には大きな差が生じるもの。タッチはときに言葉を超え、感情の表現さえできてしまう奥深さがあるのです。
自分を抱きしめる
ここまでは、触れる相手がいることを前提に話を進めてきました。では、これが叶わない場合はどうすれば良いのか?と思われた方もいるでしょう。
結論から言うと、たとえ触れあう相手がいなくても、私たちは自分自身に触れてあげることでタッチのパワーを十分に得ることができます。そのなかで、やはり私がオススメするのは、デリケートゾーンケアです。
フェムケアセラピストとして活動してきたなかで、こういった声を聞くことがあります。
「デリケートゾーンケア?…気にはなっているけど、正直なんのためにするのかわからない。」
たしかに、日々のデリケートゾーンケアは、それなりに時間や気持ちなどの余裕がなければ続けられるものではありません。そして多少おこたったところで、何かを失うわけでもありません。
そのかたわら、フェムケアの第一歩をふみ出そうと、アイテムを購入したり、学びをスタートしたりする女性が多いのも事実。そんな方はみな「ただ流行っているから」というよりはむしろ、なんらかの悩みやトラブルを抱えているように感じます。
ムレやかゆみ、乾燥を防ぐためのケアであるのももちろん良いでしょう。ただ私は、今一度、“触れる”ことにフォーカスしたケアを大事にして欲しいと考えています。
女性は痛みの連続です。胸の膨らみや初経にはじまり、生理痛・PMSなどはもはや毎月の恒例行事。性交痛を感じながらも妊娠したと思えば、出産は死と隣りあわせ。そして最後にやってくる更年期という大波。
このような女性ならではの痛みを感じる瞬間や、婦人科系のトラブルに見舞われたとき、どこか無意識のうちに、女性としての自尊心や自信のようなものを傷つけられるように感じてしまうもの。
だからこそ女性には、痛みに耐えながらも必死に頑張っている自分自身に、優しく手を当ててあげて欲しいのです。
デリケートゾーンもまた、自分が女性であることや女性性を否応なく感じる部分。まずはそこに意識を向け、大切に触れてあげることが、女性としての自尊心や自信をとり戻すことにつながるのではないでしょうか。
セックスが全皮膚を総動員する最大のタッチならば、デリケートゾーンケアは、究極のセルフタッチ。
それはまさに、自分を抱きしめてあげるような時間なのです。
さいごに
子どもの頃は友達と触れあったり、家族を抱きしめたりする機会も多かったはずなのに、大人になるにつれ、いつの間にかその回数は減っていくもの。そして徐々に人との距離がひらき、最後に誰かを抱きしめ、抱きしめられたのはいつだったのか…その記憶すら遠のいていきます。
でも、ぜひ忘れないでいてください。私たち人間はつねに心の奥底で、誰かと“触れあっていたい”と感じている生き物だと。
不思議なことに、大切に触れてもらった経験が積みかさなることで、自分もまた、相手を大切にする気持ちが湧いてきます。“触れる”の輪がやさしく広がっていけば、どんなに素敵だろう…と私は思います。
自分を含めた誰かを大切に触れてあげる、そのスタートはいつからでも始められますよね!
さて今日、あなたは誰を抱きしめますか?
著者プロフィール
宮窪るな(みやくぼ るな)
植物療法士/フェムケアセラピスト
離婚をきっかけに体調を崩し、月経前不快気分障害(PMDD)や月経困難症に悩まされるようになる。できるだけ自然のちからで心身に向き合いたいという信念から、植物療法専門校「ルボアフィトテラピースクール」の門をたたき、AMPP(仏植物療法普及医学協会)の認定資格を取得。学びの中で、恩師である森田敦子先生が啓蒙活動を続ける〈性科学(セクソロジー)〉にも大きく心を動かされ、タイ・チェンマイ発祥のトリートメントである〈カルサイネイザン〉を学ぶ。現在、フェムケアサロンの活動とともに、SNSで植物療法や性の本質を発信している。
Instagram:@phyto_note_luna